vol.15
◇人間ドック体験記
2013年4月25、26日
今年は正々堂々と
4月下旬に人間ドックを1泊2日で受診した。
例年、1カ月前に節酒し、1週間前に酒を絶つ。2、3日前からは、軽いジョギングをし、当日になると、妻には「姑息な手段」と言われながらも、午前中にサウナに行って体重を偽装するのだが、今年は正々堂々と「普段の自分」を診てもらうことにした。
1年前から毎日1万歩以上歩き続け、職場がある9階まで階段を使った成果を正直に確かめたかったからだ。
見栄ではないぞ! 2L
受け付けを済ませ、着替えのため宿泊室の鍵を受け取り3階に行く。
301号室のドアを開けるとバス・トイレ付きの14畳のツインルームに、なんとスポーツ器具の「乗馬マシン」まで備え付けてある。
30インチの薄型テレビは、左右30度までリモコンで首を振る、扇風機か。しかし、そのおかげでベッドからも、乗馬マシンに乗っても正面からテレビを見ることができた。
さすが道新健保で人気ナンバー1のMクリニックだが、一人で過ごすには、いささか広すぎる。
検診着に着替えようとしたが3Lサイズがない。受付で申し込むのを忘れていたせいだ。恐る恐る2Lの袖に腕を通すと…着られた。思いっきりしゃがんでみたがパンツも裂けることはなかった。「感動」の2文字が胸をよぎる。
裸眼は嘘つき?
今年から、尿は早朝に自宅で採取するため、なくなった。
早速、視力検査と眼圧・眼底検査をする。裸眼だと、あのCの字のようなランドルト環の一番大きな切れ目さえ分からない。
眼鏡の助けでなんとか0.9の視力を維持している。したがって眼鏡をはずした私に「君きれいだね。」と言われても、百パーセント嘘である。
1年の成果! しかしメタボ決定
次に、身長、体重、腹囲を測る。
「スリッパを脱いで、乗ってください。」
「ちゃんと検診着分は引いてくださいね。3Lですからね。」小さな嘘をついた。
「変ですね。身長が1センチ以上去年と違います。」
「年ですからねぇ。縮むこともありますよ。」正直に答える。
「それにしても…、もう一度測り直します。」
2度目も184.5センチで去年より0.7センチ縮んでいたが、1センチ以内の誤差ならOKらしい。
「体重は何キロでした?」バインダーに挟んであるカルテを見れば分かるが、美しい女性に告げられたほうが、嬉しさが倍加するので聞いてみた。それほど今回は自信があった。
「76.6キロです。随分痩せましたね。」
少し不安な顔で告げられた。この年齢で激やせすると、「何か悪い病気かしら」とでも思ったのだろう。
「歩いたんですよ。1年間、毎日、1万歩!」自慢に聞こえないよう、なるべく控え目に言うと、
「えらいですね。」やっと笑顔で応じてくれた。
去年より6.5キロも減っていた。但し、去年はサウナでの偽装体重なので、正確には8キロ減ったことになる。腹囲も86センチで、同じく7センチの減。
「すみません。腹囲なんですが、あと1センチなんとかなりませんか?」と頼んだが、
「なんともなりませんね。」
1センチオーバーでメタボが決定した瞬間だった。
聴力復活は妻の魔力
採血のあとは、問診と血圧測定をする。上が134、下が88で、薬を飲んでいる割には少し高い。体重と腹囲の結果に興奮したからだ。
聴力は4、5年前から、左耳が高い音を聞き取りにくくなっているらしい。自覚症状はないが、妻の小言はなるべく左耳で聞くようにしている。
しかし今回は、去年より改善されているという。そうなると、妻の小言は聴力を回復させる魔法の力があるのだろうか? ないない。
血管は45歳
1階での検査は、これで終了した。次は2階へ行く。
胸部X線撮影の後に、腹部超音波検査が待っていた。いわゆるエコー検査で、過去に脾臓に陰が見つかり、精密検査を余儀なくされた。
結果は加齢によるもので心配することはなかったが、私にとって鬼門の検査だ。
次に、心電図と血圧脈波を測る。これで、血管のつまり具合が分かる。私は45歳の血管を持っていることを翌日、医師から知らされた。
喜んでいいのかどうか微妙な年齢だが、自分より14歳若いので、とりあえず喜ぶことにする。
最後に、肺活量を測って初日の行程を終えた。
胃カメラ 9時は歓迎
「今日の検査は全て終了いたしました。食事はレストランでご用意しております。明日の胃カメラは、口からでよろしいですか?」
「はいそうです。」
「それでは午前9時からとなっております。」
「えっ、9時ですか。早いですね。」
毎年、9時半前後だったので意外に思ったが、リニューアルして2年目なので、流れもスムースになったのだろう。いずれにしても、一番嫌な検査を早く済ますことができるのは大歓迎だ。
「この後、ご希望で体力測定と栄養相談を行なっておりますが、いかがなさいます?」
「栄養相談はいいですが、体力測定をお願いします。」と初めて希望した。
「それでは地下の受付へ行ってください。」
初めての体力測定
地下のメディカルフィットネスには16種類のスポーツ器具がずらりと並んでいて、私には若い女性の指導員がついてくれた。テンションが少し上がったので、インセンティブ(やる気を起こさせる刺激)も申し分ない。
最初にエルゴメーターという自転車のようなものに乗り、8分間ペダルを漕ぐ。途中2段階の負荷がかかる。
5分ほど漕ぐと息が切れた。息が切れたことを悟られないようにしていたが、指導員は見逃さない。
「大丈夫ですか!やめてもいいんですよ。」
あと3分。20代の女性指導員にここで「やめます。」と言っては男が廃る。必死で漕いだ。終わったときに、平静な顔を装うため息を殺したが、そのせいで心臓が爆発しそうになった。かなり身体に悪い運動だ。
それでも、結果は20代と出た。誇らしげに鏡を見たが、その顔には来年60歳の自分が偽りなく映っていた。
握力も20代、腹筋はあと1回足りなかったせいで30代だった。しかし前屈は計測不能なほど曲がらなかった。
「80代にもいってませんよ。僕の前屈は百歳ですか?」
「足が長いから仕方ないですね。」完璧なフォローだ。
神宮でラジオ体操 第2
翌日は、胃カメラがいつもより30分ほど早いせいか、午前5時に目が覚めた。お風呂に浸かり神宮へ散歩に出掛ける。
冷気を帯びた空気が、神宮の杜を荘厳な雰囲気に包み込んでいた。社の門前に近づくと円山町内会の人達がラジオ体操をしていた。第1が終わって、第2に入る前の首の運動をしている。
このごろ6時半から始まるラジオ体操を自宅の居間で、家族の睡眠を邪魔しないように静かに行なっている。第1は身体に染みこんでいるが、力持ちのポーズに代表される第2の振りが所々定かではない。
最後尾に入り、みんなの振りを真似して、第2に参加した。
やはり、相当自己流だったことが判明したが、力持ちのポーズは間違っていなかった。一人でやると、かなり照れくさいポーズだが、30人でやると自然とそれもオーバーアクションでできるから不思議だ。
でも、ジャージ軍団の中に、一人だけジャンパーとスラックスの見慣れない中年おじさんが、町内会費を払ってもいないのに、飛び入り参加を許してくれるのは、神宮の寛大な御加護のおかげだろう。
おみくじは「吉」
精神的なラジオ体操仲間となった、円山町内会の皆さんのあとに続いて参拝し、帰りにおみくじを引くと「吉」と出た。神宮の吉は大吉の次に縁起が良い。
結婚・恋愛は「迷うな、今のが最適」と書いてある。誰にでも当てはまるように、あいまいな表現が多いおみくじとしては、かなり断定的な物言いだが、私としては、せっかく吉を引いたのだから、「夢のような出会いあり」が良かったなぁ…
9時は集合時間?
午前8時50分に2階で受け付けを済ませ、ソファーに座って順番を待つ。
9時になった。看護師さんが出てきたので腰を浮かせたが、呼ばれたのは違う名前だった。10分後に再び呼び出しがあったが、それも別人だった。
「胃カメラは9時と言われたんですけど、この9時というのは、集合場所に集まる時間のことでしょうか?」受付に聞くと、
「いえ、そのようなことは…、ちょっとお待ちくださいね。」
5分ほど経ってから、事務の男性が押っ取り刀で駆けつけて来た。
「お客様のお時間は9時20分からです。」
「そうですか。」これで終われば万事丸く収まったのに、
「それでは、ここに書いてある9時というのは集合時間だったんですね。」と続けてしまった。
「いえ、そういうことではありません…」脂汗がにじんでいる。私としても、事情は薄っすらと飲み込めたが、
「それじゃ、何ですか?」と突っ込む。
「すみません。担当の者が間違えました。」
意地悪の虫
これは、最初に必要な言葉だった。私は少し意地悪をしたくなった。
「胃カメラは初めて受けるわけじゃないんだよ。いつも9時半ころだから、昨日9時と言われたときに、随分早いねと言ったんだ。その時に確認すべきだね。つまり担当者は僕の指摘を含めて2重のミスをしているよね。」
「すみません。教育不足でした。それでは何とかいたします。」
「いや、いいよ。時計を見てごらん。こうしているうちに、ほら9時20分だよ。」
胃カメラ検診室のドアが開いて、私の中では20分遅れだが、クリニックとしては時間通りに「Wさん」と呼んだ。
胃カメラ始まる
リクライニングに横になり、胃の泡を消す白い液体を飲む。看護師さんが、喉に麻酔薬を入れるため注射器で差し込む。これは飲んではいけない。喉の奥に5分ほどためておく。最後に胃の活動を抑える皮下注射を打って準備は完了する。これは毎回同じだが、
「看護師さん、すみません。血圧も診てくれませんか。」と頼んだ。
「どうしました。昨日の結果では、なんともないようですけど。」
「小心者なもんで…」
測ってみると
「上が150で下が95です。高いですね、どうします?」
「大丈夫です。やります。飲みます。すみません。」しどろもどろになって答えたが、小心者のくせに意地悪をしたため、神罰が当たったようだ。Mクリニックは、神宮に守られているらしい。
それでも胃カメラを、すんなり飲み込め、結果も良好だった。長年患っていた逆流性食道炎も兆候は見られないと告げられた。
「事務及び受け付けの皆様、意地悪してごめんなさい。」と心で詫びた。
謝罪に恐縮
検査室から出ると、道新健保担当のNさんやK部長が神妙な顔をして待機していた。
「本当に申し訳ありませんでした。」K部長に頭を下げられると、こっちが恐縮する。
「昨日9時と言われたときに、早いですね。と言ったんですよ。僕としても、早い方がいいので、それ以上追求しなかったんですけどね。」
「すみません。」
「血圧も150になってましたよ。」さっき、心で詫びたことをすっかり忘れたようだ。
「すみません。」NさんもK部長もそう言うしかないのだろう。
もし、人間ドックに性格検査があれば、私は
<弱みに付け込み、執念深く相手を攻撃する。敵にしたくはないが、かといって友達にもしたくないタイプ>と診断されるだろう。
「たった20分の間違いで、大人の対応が出来ない僕も悪いのです。気にしないでください。」と言って別れた。
医師報告
クリニック側で気を利かせたのだろうか、先生の報告はすぐに行なわれた。肝機能も脂質も大幅に改善していた。
この3年間で、最大10個あった「H」判定も5個に減っていた。Hだったγ-GTPにしても、毎年3桁の数値で推移していたが、それが2桁になり、この20年間で最低の値だった。歩くことで体重を絞った成果が内臓に如実に表れていた。この1年間の努力は、この瞬間に報われた。
健康は1日にしてならず
これで、すべて終了した。自分の標準体重(74.88キロ)に近づけるだけで、身体はこんなにもドラスチックに改善するものだということを実感した。
しかし、私がしたことは、ただただ毎日1万歩以上歩いただけだ。暴飲も暴食もかなりやったが、翌日に必ず体重計に乗って自分の今を見詰めたのも、好結果を生むことになったのだろう。
「健康は1日にしてならず」座右の銘がまた一つ刻まれたドックだった。
おわり